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九州地震 被災者(受援者)の皆さんへ

 

006 被災地に関する報道のこと

熊本を中心とした地震被害に遭われた皆さんに東日本大震災の被災経験が役に立てばと思い情報を発信します。系統立てて整理する余裕もありませんので、思いつく順番で発信していきますのでご容赦ください。

東日本大震災で被災して初めて報道のカメラを向けられる経験をしました。
そして、被災地で活動をしている地元のNPOとして数多くのメディアの皆さんから取材を受けました。
それまでは災害現場の報道というのは《見る側》としての目線だけでした。
奥尻地震、阪神淡路大震災、中越、中越沖地震、その他多くの自然災害。。。

多くの災害現場の報道をテレビで見る側だった頃は心配と興味でテレビから流れる被災地の映像を食い入るように見ていました。
でも、3日、5日、10日と時間が過ぎるごとに報道から目を背けるようになります。
決してどうでも良いとか、関係ないということではなく、その悲惨な光景をみることにたえられなくなっていくからです。。。

だから、東日本の報道がだんだんと少なくなっていくときも《他の時自分もそうだったからこれは仕方が無いなぁ》とその点は気持ちに折り合いがつきました。

そして、見られる側、取材される側になってはじめて気づくことも多く有りました。

取材する側にもいくつかの種類がある。ということ。。

例えば、
初めましての言葉と同時に《既にカメラがまわっている》メディア。
涙が流れる瞬間までカメラを向け続けるメディア。
あなたは被災者なんだから取材を断る理由はない。と言い切るメディア。。。

かたや、
きちんとアポを取って意図を伝え、事前に原稿をチェックしてくれ。というメディア。
物資配送の現場に同行しても取材車両を遠くに止め、カメラを回す際にきちんと被災者さんに挨拶をしてくれたメディア。。

本当に様々です。

中にはこんな裏事情を話してくれた取材チームがいます。

現場に出ている私は被災者にカメラを向けることにためらいを感じているが、求められる取材内容を提出できなければ次の仕事がない。。と
(大手メディアの下請けで取材している制作会社さんのチームでした)

また、テレビ、新聞の現場取材者さんは短くて10日、長くても1ヶ月のローテーションで現場に入ります。
同じ会社の名刺を持っていても取材される側は毎回必ず同じ説明をしてからあ取材を受けます。

別にメディアをかばっているつもりはありません。
私自身、被災地の邪魔をするメディアの取材は受けられない。と
突っぱねたメディアも数多く有りますから。

ただ、中には真摯に現場に向き合って下さる方がいるのも事実です。

なので、被災地の皆さんにお伝えしたいのは

メディアの種類と自分たちが本当に伝えたいことを理解してくれる取材者を見極めて仲間になってもらうことが必要だよ。

ということです。

いやでも時間とともにメディアの露出は減っていきます。
その時に《震災の風化》を防ぐ手助けをしてくれるのは被災地に真摯に向き合う子持ちを持っているメディアの方々です。

復旧、復興までの長い道のりをともに歩んでくれるメディアは少ないと思いますが、その時に寄り添ってくれる方も必ずいますから。。。

では、また書きます。

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004 九州地震 被災者(受援者)の皆さんへ

《身近な人を奪われるということ》

熊本を中心とした地震被害に遭われた皆さんに東日本大震災の被災経験が役に立てばと思い情報を発信します。系統立てて整理する余裕もありませんので、思いつく順番で発信していきますのでご容赦ください。

これを書いて良いのかどうか、正直悩みましたが。。。

今回の震災で被災された方の中には家族、友人、身近な知り合いなど、大切な人を奪われてしまった方もおいでになりますね。
発災時から時間が経過するとともになくなられた方の人数が徐々に増えているので、そのような境遇に置かれてしまったどなたかひとりにだけでも届けばと思い書かせていただきます。

《九州で震度7》という速報を目にしたとき、人的な被害がない事だけを願いました。
他のものは何とでもなります。未練は残るけどあきらめもつきます。同じものでなくても取り戻すことが出来ます。
でも、命だけは戻ってこない。未練ではなく悲しみが残ります。
そして、さっきまで一緒にいたのに。。という経験をしてしまった人には、助けられなかった後悔が重くのしかかると思います。

まさに私もそうです。
東日本大震災による津波に襲われたとき、逃げようと手を取ったはずの妻が、逃げるよと声をかけ、たった今まで目の前にいたはずの母が、ともに津波にのみ込まれ、気づいたときにはどこにもおらず、私だけが生かされていました。

今も自分自身そのことにはきちんと向き合えていませんから、同じような境遇に置かれてしまった方には安易なことは言いません。
そのことを理解することも出来ないでしょうし、自身を責めることもすると思います。
自分が殺したとも思うだろうし、自分が生きていることも責めるでしょう。

でも、いつか必ずそれを飲み込める時が来ます。
理解するとか自分は悪くないとかそういうことではなく、悲しみや後悔と一生付き合っていくことに
折り合いをつけると言うことです。

もちろん、今はまだ無理だと思います。
折り合いがつくには何年もかかると思います。
いや、何年かかってもいいんです。

生かされた人にはすべきことがあるはずです。
それが何なのかを探しながら私はこの5年生きてきました。

もしも心が折れそうになったときは自分の中にため込まず吐き出して下さい。
身近に言える人がいないという方は、お寺や教会を訪ねて話を聞いて貰って下さい。

私は菩提寺のご住職のお世話になりました。

それも難しいという方は、グリーフケアや傾聴を行なう支援団体がまもなく被災地に入るはずですから
声をかけてみて下さい。

けっして心の暗闇に閉じこもることだけはしないで下さい。
お願いします。

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九州地震 被災者(受援者)の皆さんへ

003 被災生活の中にこそ楽しみを

熊本を中心とした地震被害に遭われた皆さんに東日本大震災の被災経験が役に立てばと思い情報を発信します。系統立てて整理する余裕もありませんので、思いつく順番で発信していきますのでご容赦ください。

タイトルだけ読むと《何を不謹慎な》って思うかもしれません。
だけど、考えてみて下さい。
被災すると言うことは100%我慢の生活が続くって言うことなんです。
心が爆発するまでは《皆大変なんだし、お互い様》という気持ちでみんなが我慢をします。

でも、だからといって被災者がその生活の中で楽しみを放棄しなければならないなんて事は絶対にありません。
節度は必要だと思いますが、意識して気持ちを抜くことが必要です。
避難所でも、自宅避難をしている人も、息抜き程度のお酒も良いと思います。

二人でも三人でも知り合いと、今日一日を頑張って生きたねぎらいをこめて《ご苦労さん会》をすれば良いと思います。
いろんな話をすることで救われることもあるはずです。

私のことを言えば、、、毎晩飲みながら今日こんなことがあった、明日はこれをしようと語り合いました。
そんな何気ない息抜きで被災生活へのモチベーションを保っていました。

共同生活を送っている避難所ではなかなか難しい面があるのは承知の上ですが、無理を承知のお願いです。

是非避難生活の中で楽しみを見つけて下さい。

では、また書きます。

九州地震 被災者(受援者)の皆さんへ

 

熊本を中心とした地震被害に遭われた皆さんに東日本大震災の被災経験が役に立てばと思い情報を発信します。系統立てて整理する余裕もありませんので、思いつく順番で発信していきますのでご容赦ください。
まず、皆さんはm被災者であると同時に受援者でもあります。
支援団体やボランティアの皆さんは自分たちの考えで動くことを理解すべきです。

と同時に彼らの活動が本当の意味で効果を発揮するためには、被災者(受援者)からの的確な情報発信がキーポイントになります。
私の時もそうでした。
彼らは、まず現地に先遣隊を派遣することが通例です、

そして、情報を収集するのですが、そこには順番があります。
1.行政 主に社会福祉協議会が設置する災害ボラセンすら設置されていない場合も往々にしてあるため。

2.災害ボラセン 設置協力、運営協力の可能性を探るため

3.大学等教育機関 阪神淡路、中越の時もそうでした

4.地域で活動している、していたNPO 私はまさに被災地のNPOと呼ばれ、それ以来民間側の復興のハブとして活動をしています。

5.避難所となっている施設など。
必ずしもこの順番が全てではありませんが、被災地域内のすべての人、組織、行政は被災者です。

地域内で復旧復興は完結できませんので、うまく外側の支援者とコミュニケーションをとることが、まだ見えぬ明日を見通す最善の手段となります。
報道、SNS、様々な媒体から発信される情報は支援者に向けてのものがほとんどですが、重要なのは被災者の受援力を高めるための情報です。
私たち東日本大震災の被災者が経験したこの5年間は、期せずして被災者となった九州の皆さんの明日です。先輩被災者としてすべての経験と受援の知恵をお伝えしたいと思います。
そして、もう一つ。

家族を失った方、家を失った方、被害の度合いは人それぞれです。

もういいや。。と思う方もお出でだと思います。

私もそうでした。

妻と母を失い、家も、仕事も失いました。

復旧復興の活動に身を投じた頃も、自分を気遣うなどといった必要も感じず、生きることへの興味も失っていました。

でも、今も生きています。

そして、明日も生きていよう。と今は思っています。

だから、まず、自分が生きていることを認めてください。

必要のない命は絶対にないんです。
では、また書きます。