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004 九州地震 被災者(受援者)の皆さんへ


《身近な人を奪われるということ》

熊本を中心とした地震被害に遭われた皆さんに東日本大震災の被災経験が役に立てばと思い情報を発信します。系統立てて整理する余裕もありませんので、思いつく順番で発信していきますのでご容赦ください。

これを書いて良いのかどうか、正直悩みましたが。。。

今回の震災で被災された方の中には家族、友人、身近な知り合いなど、大切な人を奪われてしまった方もおいでになりますね。
発災時から時間が経過するとともになくなられた方の人数が徐々に増えているので、そのような境遇に置かれてしまったどなたかひとりにだけでも届けばと思い書かせていただきます。

《九州で震度7》という速報を目にしたとき、人的な被害がない事だけを願いました。
他のものは何とでもなります。未練は残るけどあきらめもつきます。同じものでなくても取り戻すことが出来ます。
でも、命だけは戻ってこない。未練ではなく悲しみが残ります。
そして、さっきまで一緒にいたのに。。という経験をしてしまった人には、助けられなかった後悔が重くのしかかると思います。

まさに私もそうです。
東日本大震災による津波に襲われたとき、逃げようと手を取ったはずの妻が、逃げるよと声をかけ、たった今まで目の前にいたはずの母が、ともに津波にのみ込まれ、気づいたときにはどこにもおらず、私だけが生かされていました。

今も自分自身そのことにはきちんと向き合えていませんから、同じような境遇に置かれてしまった方には安易なことは言いません。
そのことを理解することも出来ないでしょうし、自身を責めることもすると思います。
自分が殺したとも思うだろうし、自分が生きていることも責めるでしょう。

でも、いつか必ずそれを飲み込める時が来ます。
理解するとか自分は悪くないとかそういうことではなく、悲しみや後悔と一生付き合っていくことに
折り合いをつけると言うことです。

もちろん、今はまだ無理だと思います。
折り合いがつくには何年もかかると思います。
いや、何年かかってもいいんです。

生かされた人にはすべきことがあるはずです。
それが何なのかを探しながら私はこの5年生きてきました。

もしも心が折れそうになったときは自分の中にため込まず吐き出して下さい。
身近に言える人がいないという方は、お寺や教会を訪ねて話を聞いて貰って下さい。

私は菩提寺のご住職のお世話になりました。

それも難しいという方は、グリーフケアや傾聴を行なう支援団体がまもなく被災地に入るはずですから
声をかけてみて下さい。

けっして心の暗闇に閉じこもることだけはしないで下さい。
お願いします。